裁判所で加害者と対面した寺輪さん「すぐさま殺しに、飛びかかりに行きました」

この記事を最初から読む

家庭裁判所で初めて、加害者と対面した寺輪さんは「少年に飛びかかりにいった」と当時を振り返ります。

(寺輪 悟さん)
「加害者と初めて会ったのは逆送検、家庭裁判所です。逆送が妥当かどうか審議する場で私は初めて会いました」

「私たちも家庭裁判所に行き、重い扉を開けてもらうと、そこに加害者の両親が2人頭を下げ、そして真ん中に加害者が頭を下げていました。私はすぐさま殺しに行きました。飛びかかりに行きました」

「しかし屈強な刑務官、あんな奴でも人権はあるんです。刑務官はそいつらを守り、私は力ずくでそのまま退廷させられました。ですから、逆送検の話の内容は全く分かりません。しかし私は父親として、普通の感情だと今でも思っています」

「そして逆送が決まり、傷害致死、窃盗で戦いました。しかし思い描いた裁判とは全く違いました」

「こんなどんくさい私でも、裁判中に気づいたことがあります。これは博美の無念や、残された遺族の無念を、その仇を取る裁判とは違う。加害者の刑期、みんなで決める裁判だ。そういうことに、裁判の途中から気づかされました」

「そして判決は5年から9年の不定期刑です。私は満期の10年の刑だと思っていました。9年ですよ。1年減刑された。その理由を私は裁判長に言いました」

「『減刑された理由はなんですか、裁判長』
 『もう決まったことですから』と私に答えたんです」

「私は納得がいきませんでした」

『説明責任があるだろう、おかしいだろう、こんなのは』
『俺には聞く権利があるんだ』

「そう言っても、裁判長は私を見ることもなく、そのまま裁判所を後にして退廷されました」

「そして損害賠償請求、昼からです。そのままスライドで行われました。裁判長は同じ。そこでまた、私は言いました」

『1年減刑された理由はなぜか、なぜ説明責任がないのか』と問い詰めました。

「しかし裁判長の口から出た答えは、

『もう終わったことですから』と、私はびっくりしました」