取材後記(MBS記者 太田愛美)

今回取材した瀬戸口さんは自分がアファンタジアだと知って、その違いを面白いと思えたということでした。
ただ、高校生だった頃の私は、頭の中でする「イメージ」に強烈な憧れを抱いていました。「カメラアイ」「記憶の宮殿」「共感覚」などさまざまな言葉を調べました。
アファンタジアが病気でも障害でもないなら、自分はいつか“イメージできる側”になれると思っていたのです。
私は、視覚だけではなく、嗅覚も聴覚も触覚もイメージすることができません。瀬戸口さんと同じように家族や親しい友人の顔は思い浮かばないし、旅行に行ったときのキレイな景色や美味しい料理も思い返すことはできません。頭の中に音楽が流れることもありません。
ただ「景色がキレイだったな」「料理が美味しかったな」「この曲好きだな」と思った記憶だけが残ります。
そう考えると、やはり、イメージできる人を羨ましいという気持ちは今もあります。しかし、私の場合は日常生活や仕事で困ることはありませんでした。なぜなら、生まれた時からイメージができないので、そもそもイメージを使って何かを取り組むことがないからです。
それでも今回、「アファンタジア」という言葉が広く正しく知られてほしいと思い、取材しました。
まずは自分がアファンタジアだと気づいていない人が気づくきっかけになってほしいと思っています。「どうしてほかの人と同じようにできないのだろう」などと悩んでいる人がいたら、私たちにはできること、できないことがあると知れば、工夫したり、思い切って環境を変えれば、うまくいくこともあるかもしれません。
そして、周りの人は当事者に同情したり、偏見を持ったりせず、当事者が「私はイメージすることが苦手です」と言いやすい社会が、いつか実現すればアファンタジアの人はより生きやすくなると思います。
「アファンタジア」は現在、障害でも病気でもありません。誰もが適材適所で力を発揮できるようになってほしい。特に教育現場などでは、できないことに対して「なんでできないの」「やりなさい」と言うのではなく、どうやったらやりやすいのか、1人1人が考え、模索することが大切だと思います。そして、今回の取材が、そうしたことを考えるきっかけになれば幸いです。














