特集です。1945年7月10日の仙台空襲から81年となります。
92歳の男性が手紙やイベントでの語りを通して幼少期の空襲体験を伝えました。体験者が減っていくなかで戦争や空襲の記憶を語り継いでいくには・・・

仙台市青葉区で、7月12日まで開かれている「戦災復興展」。毎年、企画展示とともに行われているのが体験者による語りです。

市橋功さん:「私は片平町国民学校の5年生でした」

講演をした市橋功(いちはし・いさお)さんは92歳、11歳の時に仙台空襲を体験しました。空襲警報が鳴ったのは7月10日の午前0時過ぎ、父に言われるがまま母と姉の3人で、家の近くの大橋の下に逃げました。その後すぐに、B29が頭上を通る音がしたといいます。

市橋功さん:
「仙台が炎上して空も明るくなった。最初のうちは真っ暗ですから。不気味な爆音だけが聞こえる。不気味な音ですよ」

1399人が亡くなった仙台空襲。家族は無事だったものの、家や持ち物すべてを失った市橋さん。

市橋功さん「家に行ってみたらきれいさっぱり焼けていて悔しいがさっぱり焼けているので不公平感はなかった」