畠山流「美を遺すということの意味」

翻って考えてみる。私たちが何かを「蒐める」とき、その動機はどこにあるのだろうか。

単なる所有欲なのか。あるいは美への純粋な愛着なのか。畠山一清の場合、その答えは明快だったように見える。

畠山にとって美を蒐めることは、人への感謝を形にすることであり、次の世代へ日本の美の神髄を伝えることであり、自らが育った土地と人々への恩返しだった。

国宝や重要文化財がひとつの美術館に集積されているという事実は、単なる財力の証明ではない。信頼の積み重ね、そして社会への還元という強い意志の証明だ。

茶の湯には「一期一会」という言葉がある。その時その時の出会いを最善のものにしようとする精神だ。一清は、その精神をコレクションの形成においても、地元への支援においても、生涯を通じて体現し続けたのではないか。

美術館の門には、畠山家の家紋が入る

一期一会の精神で人との縁を重んじ、その結果として集まった1300点余りの至宝。

荏原 畠山美術館に並ぶ名器たちは、単なる過去の遺物ではない。極貧から身を起こした一人の実業家が、支えてくれた人々や故郷への感謝を「美」に変えて次世代へ遺した手紙のようなものなのではないか。