故郷への恩義という軸
石川県金沢市は、単なる出身地ではなかった。一清にとって、それは常に意識の中心にある場所だった。
石川県人会の会長を務め、石川県立美術館の設立には作品を寄贈した。能登畠山氏が治めた能登の中心・七尾市には資料館も設立した。発明協会への土地寄付、育英資金の提供など地元への支援は多岐にわたる。
また、帰郷の際には能舞台にも上がった。自ら身にまとった能装束は江戸時代のものであり、その姿はMROライブラリーに映像として今も残されている。美を蒐集するだけでなく、自らが美の中に身を置く。そのような人物だった。
水田部長の言葉が、一清という人物の輪郭を鮮明に描き出している。
荏原 畠山美術館・水田至摩子学芸部長「コレクションの中には石川や金沢ゆかりの作品がたくさんありますので、単に成功して収集したというだけでなく、そこには出身地への愛着や、若い頃に苦労した時に応援してくれた人々への恩義といったバックボーンがあります。どのように社会に還元するかを考えた結果が、晩年の様々な支援や、集めた美術品を多くの人に見てもらうという形につながったのだと思います。」
人から信頼され、人に感謝し、その恩義を美という形で社会へ返す。そのような循環の中に、畠山一清のコレクションは生まれた。














