茶の湯に通じる精神構造。名品に宿る「余白」の仕掛け

数寄者(すきしゃ)とは、芸道に情熱を注ぐ人を指す言葉だ。一清はその言葉を体現した人物のひとりだった。

企画展「王朝のみやび」(現在は終了しています)

平安時代の和歌を書いた古筆、琳派の絵画、茶碗・茶道具・茶器、能の装束。4月から6月にかけて美術館で開催された企画展「王朝のみやび」では、そのコレクションの一端が公開された。

なかでも印象深いのは、伊勢物語に関連する二つの作品だ。

富士見業平図屏風 酒井抱一筆

「富士見業平図屏風」は、歌人・在原業平が従者と共に東国へ下る場面を描いたものだ。書かれた和歌には霊峰・富士への畏怖が込められているにもかかわらず、富士そのものは画面に描かれていない。鑑賞者に想像を委ねる、そのような仕掛け。

尾形光琳・八橋図団扇

江戸時代の画家・尾形光琳による「八橋図団扇」もまた同様の表現が見られる。業平が京から遠い場所に来たことを嘆く場面を描きながら、橋の一端とかきつばたのみを配し、主題は「留守文様」という形式によって余白に宿らせている。

描かれていないものを見る。その鑑賞の作法こそが、茶の湯の美学と深く通じているように思えてくる。