「手を挙げる人がいるのかな」 旧宮家男性が語る養子案 

山本 恵里伽キャスター
「皇位継承順位18位だったんですね。もしかすると天皇になっていたかも」

旧宮家 久邇朝宏さん(81)
「生まれたときに新聞に載ったんですよ、何番目の王子が生まれましたって。小さな記事なんですけどね」

久邇さんが生まれた翌年、日本は終戦を迎えた。その2年後の1947年10月、3歳だった久邇さんを含む11宮家の51人が皇籍を離脱した。背景には、経済的な理由から皇室にかかる費用を削減する動きなどがあったとされる。

父は旧久邇宮家の3代目当主、久邇宮朝融(あさあきら)王だ。久邇さんは上皇さまの従兄弟にあたる。小学4年生のころまで久邇さんは、自分が旧宮家と知らずに過ごしていたという。

久邇朝宏さん
「『あなたは昔は宮様だったんです』今で言うお手伝いさん、当時は女中、その人たちから『あなたは違うんですよ』『もっと気を付けないとダメです』。『そうなんだ』という感じ」

政府が決定した皇室典範の改正案。「旧宮家」の中で▼15歳以上の男系男子で、▼配偶者と子どもがいない人に限り、皇族の養子とすることができるとしている。

山本キャスター
「これを聞いたとき、率直にどうお感じになりましたか?」

久邇朝宏さん
「手を挙げる人がいるのかな。15歳って、自分はこう生きるんだって生き方を見つけてる人が多いと思う。見つける前でも『こうなりたい』というおぼろげな希望、自分の将来を持っているはず。そういう人に、今さら名前を捨てて生き方を変えなさいというのは、酷な話だと思う」

山本キャスター
「お子さんは娘さんですが、もし自身の子や孫が(養子の)対象だった場合は」

久邇朝宏さん
「やめろよ、お前なんてできるわけないじゃんという言い方をすると思いますよ」
「(皇族は)私の命はどうでもいいから、日本の国民を幸せにという生き方を求められていると思う。厳しい生き方を勧めることはできないから、自分で自分の将来を切り開いていってほしい」