福島県大熊町の帰還困難区域に残る熊町小学校。震災遺構として、校舎の保存を求める人たちが、ワークショップを開き、議論を重ねました。福島第一原発から4キロの場所で、その被害を伝え続けている小学校から考えます。

故郷が帰還困難区域に 卒業生の思い

帰還困難区域の中に残された自宅を案内する男性。大熊町出身の遠藤瞭さんです。今年6月、遠藤さんは、福島県内外の参加者に自分のふるさとを案内し、震災や原発事故について考えるワークショップを開きました。

遠藤さん「震災の影響と、そのあとの避難が長引いたことによる影響と、空き巣が入ったこととか動物が入ったこととかの影響と、そういうことが相まってこういう状況になっている」

遠藤さんの自宅は、原発事故の影響で帰還困難区域となり、15年が経ったいまも、自由に立ち入ることができません。震災当時、遠藤さんは、熊町小学校の4年生。当時は、300人あまりが通っていました。学校は、遠藤さんが大熊町で最後に「日常」を過ごした場所でもあります。今年5月、ワークショップに先立って開かれた小さなイベントで、その思いを語る機会がありました。

遠藤さん「(自分の家を)残したいと思って解体しなければ残せはするが、15年以上避難が続いている状態の家を残すのはなかなか難しい決断なので、多くはなくなってしまう。そうなると、もう小学校しか残る場所がないので、私は熊町小学校のことを特別大事に思っている」