自分のことは後回しにしていた母
北朝鮮による拉致被害者・曽我ひとみさんは、母・ミヨシさんとの思い出をこう語りました。

「私の家はとても貧しく、母が昼夜なく働き、家計を支えていました。毎日毎日働き詰めでも、愚痴一つこぼさず、私たち姉妹にはいつも笑顔で優しく接してくれました。化粧をすることもなく、おしゃれにも縁がなかった。たまには友達と旅行に出かけたり、食事に出かけたりもしたかっただろうと思いますが、自分のことは後回しにし、切り詰め、私たち姉妹には不自由のない生活をさせようとしていたのでしょう」
そんな母の気持ちを、子どものころの曽我さんは理解できなかったそうです。
ある日、友達が新しいセーターを着て学校で自慢しているのを見てうらやましくなった曽我さんは、家のタンスに隠してあったお金を持ち出し、勝手にセーターを買ってしまったそうです。
ところが…。
「そのことが母に知られてしまったのですが、母は私を叱らなかったのです。それどころか、『母ちゃんが服の一つも買ってやれんもんだし、ひとみが一人で買ってきたんだな。勘弁な。勘弁な』と逆に私に謝るのです」
「このときばかりは、なんてことをしてしまったんだろう、二度としてはいけないと反省しました」
また、ある夏の盆踊りの日。
友達はみんな浴衣を着てくるというのに、曽我さんには着ていく浴衣がありませんでした。
「文句も言わず、母は夜なべをして浴衣を縫ってくれたのでした。出来上がった浴衣を見て喜ぶ私には、そのときの母の寝不足で真っ赤に充血した目と、疲れた顔の奥に隠された愛情が見えていなかったのだと思います」
「今、目の前に昔の私が現れたなら、思いっきり叱り飛ばしてやるのに、と反省しきりです。あの頃の母は今の私よりずっと若かったのですから」














