「アイヌと言えない」 “北海道旧土人保護法”で奪われた文化

石器や土器が使われていた時代の人たちをルーツに持ち、北海道などで暮らしを続けてきたアイヌ民族。サハリン(樺太)などの北方集団と交流しながら、狩猟や採集が中心の独自の文化を築いた。

1869年、明治政府はアイヌが暮らしていた土地に開拓使を設置し、「北海道」と呼んだ。

アイヌを国民に編入し、開拓の名のもとに移民を送り込んでアイヌの土地や資源を奪い、名前を日本風にすることや日本語を話すことを強要した。さらにアイヌは、入れ墨などの風習や狩猟も禁止された。

1899年に「北海道旧土人保護法」が制定された。アイヌに土地を与えることを定めたが、農耕に適さない土地が多かったほか、学校教育の期間が和人より短いなど差別的な内容だった。

山下さんはずっと、アイヌであることを隠して生きてきた。

アイヌ民族 山下さん
「30歳~45歳まで働いていた函館の看護師として。『ここは外国人を雇っているの?と、患者さんが言っていたよ』と同僚が言ってきた。その時に『実はアイヌなんだ』ということは言わなかった、言えなかったの」

「北海道旧土人保護法」は1997年に廃止された。しかし法律はなくなっても、アイヌへの差別は残り続けた。

76歳の山下さんが、アイヌであることを周囲に打ち明けられるようになったのは、70歳を過ぎてからだった。アイヌ文様の刺繍もそのころ始めた。

――両親から教えてもらうことはなかった?

アイヌ民族 山下さん
「ないない。歴史を知った上でものを言わないとだめよ。私の両親は大正生まれ。弾圧されて、禁止されたんだから。だからやっているわけないのに」
「『なんでアイヌの人なのにアイヌの言葉もできない、アイヌの刺繍もできないの』と普通思うでしょう。あなたたち日本の政府がそうした。奪ったんだもの」
「伝承したくないわけじゃないのアイヌ文化を。伝承する環境になかったし、心のひねくれた気持ちがその時代に作られてしまったの」

アイヌであることを語れなかった20代のころ、奪われたアイヌ文化が、今度は観光資源として搾取される不条理を詩につづったことがある。

山下さんの詩「北海道に来たなら」
「北海道でお土産など
買わないほうがいい
歓迎のたれ幕よろしく
チャラチャラした『民芸』の店先を
のぞいたって
なんにもない
中身のあるものなんて
『アイヌ』の木彫りです
『アイヌ』のアッシ織りです
これは『アイヌ』の……
恥ずかしくって見てられない
『アイヌ』売る北海道も
『アイヌ』見る『シャモ』の奴らも
北海道のお土産は
お金なんかで買えない」
(「シャモ」=「和人」)