そもそも、天皇はなぜ男性だけ?
「数をどう確保するか」の話は、いずれ「誰が天皇になれるのか?」という問いに突き当たる。現在、その資格があるのは「男系」の血を引く「男子」のみ(皇室典範1条)。
長い歴史の中で、推古天皇や持統天皇など女性の天皇は8人いたが、例外なく「男系」だ。なお、最後の女性天皇である後桜町天皇(江戸時代)は、父の後を継いだ弟が亡くなったため、皇位を継いだが、その次は弟の息子に継承されたことで、男系の血筋が途切れていないとされる。このように「男系の女性天皇」は過去にもいたが、1889年に制定された「皇室典範」によって、たとえ男系であっても女性は天皇になれないことが決まった。
名古屋大学・河西秀哉 准教授
「実は1889年の皇室典範を制定するときの検討でも、『女性・女系天皇も認めてよいのではないか』という案が出ていました。ただ結局『初代の神武天皇から一つの血統でずっと続いてきたこと=万世一系を大事にするんだ』ということで、男系のみのルールに落ち着きました。近代国家の形成にあたり、外国に誇れるものとして“ずっと変わらない”仕組みを守りたかったという事情もあります」
――(『男系』に限りたいという趣旨は分かりました。一方、なぜ『男系の女性』までも対象から外したのでしょうか?)
名古屋大学・河西秀哉 准教授
「ひとつは、女性が一度天皇になると、その子ども以降が『女系』になっていくことへの警戒感があったとみられます。それだけ『男系』維持へのこだわりが強かった。平成の時代でいっても、愛子さまが将来天皇になることに反対する多くはそれが理由でした。もうひとつは、当時の時代背景です。“家制度”や女性に参政権がなかったことなどを思うと、国家元首たる天皇が女性というのは国家観と大きく異なっていて採用できなかったというのもあるでしょう」
1800年代といえば、まだ女性解放運動なども行われる前。今と大きく異なる国家観が背景にあったようだ。その後、戦後に施行された現・皇室典範でも「女性も女系もどちらも認めない」規定は変わらなかった。ただ、時が流れ、一般国民の考え方も少しずつ変化してきた。とくに平成に入り、皇室にも“少子高齢化”の波が来ていることや、男女同権意識が浸透。「そのルールは前時代的かつ、続かないのでは」という声が強まってきたのだ。近年の動きを振り返る。

















