
樟脳は薩摩藩にとってどんな存在だったのか。

樟脳の歴史に詳しい黎明館の深港恭子主任学芸員です。
「幕末期も薩摩藩にとって重要な、利潤を上げるための産品だった。(記録には)三島の砂糖、琉球貿易に次ぐ、重要な品が樟脳であると書かれている」
薩摩の樟脳が世界でも貴重なものであったことを示すものがあります。
(深港恭子 主任学芸員)「フランスのパリ万博事務局が発行した正式な出品目録。『エンパイア・ドゥ・ジャポン(大日本帝国)』とある。『カンファー・ドゥ・サツマ』、これが樟脳」

1867年のパリ万博に薩摩の樟脳が出品されていたことを示す証拠です。薩摩の樟脳は「東洋の白銀」と呼ばれ、薩摩藩の財政を潤した重要なものでした。














