排外主義をあおるのは「政治」である

ではなぜ、少なくない人びとの排外的な意識が、選挙を通じて高められてしまったのか。まずは、そもそも「政治」の対象となることが排外主義などをあおる面を説明しておこう。

排外主義的な意識は、特定の出来事、特に政治的対立などによって刺激され、高まる傾向がある。例えば2010年代の日本社会では、国家間の(領土的)対立が反中・反韓意識を増加させていた。

先述の世論調査でも、生活地域への韓国人増加への賛否について2009年では反対(「反対」と「やや反対」の合計)との回答は58%だったのが、竹島に関する領土問題が各種メディアなどで盛んに報道された後の2013年調査では69%と、排外的な意識を持つ人が10ポイント以上増加していた。

2025年調査結果に表れた排外主義的な意識の高まりも、政治的な出来事(今回は選挙)が強く影響したと考えられる。参院選直前に政党要件を満たして「公党」となった参政党が、「外国人問題」を争点化。それに応じた与党の自民党が「違法外国人ゼロ」といった排外的スローガンを掲げた。

そのように選挙という公的な政治的文脈で発せられた排外主義的主張に、少なくない人びとが同調したのだろう。

さらに民主主義社会における政治、特に選挙という場面では対立と闘争という側面が強調されやすい。これまでの日本社会でも、様々な対象が選挙の際、攻撃の対象となってきた。

2005年の郵政解散の時の「抵抗勢力」、2012年衆院選における生活保護受給者、あるいは近年は高齢者などである。ただ2025年の参院選で対象とされた外国人は、選挙権を持たないことから、一部の政治家にとっては直接の票を減らしにくい格好の攻撃対象となりえてしまう。世界的な極右政党の伸張の背景にも、同様のメカニズムが存在していると言えるだろう。