「猪狩くんは相手が反社であろうと怯まなかった」
第一次安倍内閣の誕生は猪狩にとって追い風となった。2006年、安倍内閣は全閣僚による「犯罪対策閣僚会議」を立ち上げた。
「反社問題は放置できない」として「企業が反社による被害を防止するための指針」を策定し、同会議で了承した。
企業が反社会勢力と「一切の関係を遮断すること」を目標に掲げ、組織としての対応を求めた。すべての契約書への「暴排条項」導入の必要性を明記したのだ。猪狩がいち早くプロ野球に導入して以来、主張し続けていたことだった。
そんな紆余曲折を経て、2007年11月、満を持して刊行されたのが『反社会勢力があなたの会社を食いつぶす』(日本経済新聞社)である。
生涯を懸けた暴排活動の軌跡を刻んだ、渾身の一冊だった。
2008年3月、出版記念パーティーが開かれた。
発起人を務めたのは猪狩が慕う元東京地検特捜部長の熊﨑と、地元・福島県で猪狩をサポートしてきた地方銀行の会長。熊﨑が会場に選んだのは、東京・港区六本木の「岩崎小彌太記念ホール」だった。
岩崎小彌太は、三菱財閥の基礎をつくった第四代総帥。GHQ主導の自発的財閥解体を拒絶し、信念を貫いた人物として知られる。相撲取りを投げ飛ばしたという逸話もある生き様は、どこか猪狩と重なって見える。
熊﨑はスピーチでこう語った。
「反社会勢力に向き合うことは、ふつうは怖くてできない。警察にも弁護士にも家族がいる。だから、事なかれ主義がまかり通って、長い間、プロ野球界では反社が野放しになってきた。しかし、猪狩くんは相手が反社であろうと怯まなかった。それが彼の生き方だ」
その言葉には、弟分・猪狩への温かな敬意がにじんでいた。
2年後の2010年4月、「工藤会」の拠点を抱える福岡県で、全国初となる「暴力団排除条例」が施行される。
これを契機に各自治体で条例制定が加速し、2011年には東京都や沖縄県を含む全都道府県で施行が完了。契約書への「暴排条項」明記が、ようやく社会に定着していったのである。














