「小泉旋風」もまさかの逆風に・・・訪れた転機
だが、逆風は「個人情報保護法」だけではなかった。
小泉純一郎内閣の登場だ。
2001年から2006年の間、政権が推進した「規制緩和策」である。証券市場で取引の自由化が進み、法の網をかいくぐって短期間に巨額の利益を得る事例が横行。その背後には暴力団の影があった。
「反社を出資者として置くケースも多く、反社を太らせる一助になりかねない。反社は証券市場の仕組みや取引方法など規制の抜け道を熟知していた。これらのノウハウを活用しようという投資家が反社と組んでマーケットを荒らせば、やがて日本の証券市場の信用は著しく低下する可能性も秘めていた」(同書)
暴力団の不正な経済活動はますます巧妙化し、社会問題としての深刻さを増していった。
猪狩は昼間を暴排活動、帰宅したらすぐに仮眠をとり、静かな未明の時間を執筆に割いた。2006年に『反社会勢力からの企業防衛』(日経BP社)を刊行。日本経済を汚染する「暴力団のブラックマネー」から企業を守る必要性を強く訴えた。
そんな中、転機が訪れる。
2006年9月、小泉内閣が総辞職し、第一次安倍内閣が発足する。安倍晋三は52歳、戦後最年少の総理大臣となった。














