議員側と法務省 それぞれの譲れない主張とは

それぞれの主張には、譲れない論拠がある。

法務省側は「慎重な手続きを欠くことで誤った再審開始決定が出てしまう」ことを危惧する。それは当然、法務省が無辜の人を罰したいと考えている、ということではない。慎重で厳正な手続きの上で、できる限り「真に罪を犯した人を取り逃す可能性」を減らしたいと考えているのだ。また、検察幹部からは「犯罪被害者や遺族の感情を考えても、安易な再審開始では、納得できないだろう」という声も聞かれると、重松記者は話す。

法務省にとって、検察官抗告の「全面禁止」は、日本の刑事司法の根幹を揺るがしかねない、認めがたい一線なのだ。

これに対し、有志議員側の反論もある。再審開始決定は「無罪が決まった」わけではない。その後に再審の公判が始まり、改めて有罪か無罪かが三審制のもとで慎重に判断される。そのため非公開での再審請求審を抗告で引き延ばすのではなく、公開の法廷で双方が主張を尽くすべきではないか——というのが有志議員側の論理だと、青木記者は指摘する。稲田氏は4月21日の会見でこうも述べている。

再審開始を広くしようというわけではない。無罪を言い渡すべき明らかな証拠を新たに発見したとき、厳しいハードルを越えて再審を決定したのであれば、抗告をせず次の公判に行くべきだ」

この「再審請求審ではなく、再審公判で争うべきだ」という意見に対して、法務省側は、再審とは「裁判のやり直し」であることから、簡単に再審が開かれてしまうと、三審制のもとで確定した元の判決が意味を持たなくなり、再審が事実上の四審、五審…となってしまう。さらに、再審請求は何度でもできるため、判決がいつまでも確定しない状態となってしまう。そのため、再審を開くかどうかについても、慎重な審理が必要なのだと主張している。

ここに双方の論理の根本的な乖離がある。法務省が「厳正な審理を保障する制度の枠組みを守るべきだ」と主張するのに対し、議員側は「厳しいハードルを越えた決定を長引かせることが救済につながるのか」と問いかける。どちらもそれぞれの正義を持った主張であり、容易に折り合えるものではない。