五輪の雰囲気は普段の試合とは全然違った

(中島未莉選手)
「どの種目もすごく悔いの残るレースにはなったんですけど、五輪という大舞台で攻めきれたことや、全種目そんなに緊張せず挑めたことはすごくよかった」
2月、自身初めての五輪に臨んだ中島選手。日本女子初のメダル獲得を目指し、5種目にエントリーした今大会でしたが、500m、混合リレー、1000mと立て続けにまさかの予選敗退。続く女子3000mリレーではエースとしてチームを引っ張り、6位入賞を果たしたものの、表彰台には届きませんでした。
(中島未莉選手)
「言葉には表せられないんですけど、五輪独特の雰囲気は、普段の試合とは全然違いました」
小さいころから夢見た五輪は、想像していたよりもはるかに過酷な場所でした。

小学4年生の時に地元・倉敷市のスケートクラブでショートトラックに出会った中島選手。競技を始めた当初から頭角を現すと、倉敷高校進学後には、全国でもトップクラスの選手に成長しました。その才能を磨き上げたのが平井貴子監督。元五輪日本代表です。

(平井貴子監督)
「『よく滑る子だな』というイメージではありました。スケート上手だし、脚長いし、すごくスケートは好きそうにも見えたので、いい選手になるといいなと思っていました」
世界で戦ってきた平井監督から直接指導を受け、着実に力をつけていった中島選手。この頃から五輪への思いも強くなっていきました。

(中島未莉選手(当時17歳))
「『行けたらいいな』から始まって、今は『行きたい』という気持ちになりました。日本代表という大きなものを背負っているので、やっぱりそれは自分にとって憧れなので、ものすごく大変なんだろうけど、それを勝ち取って世界に行きたいです」














