宣告された脳腫瘍…失われた日常と覚悟
小さいころから活発な子どもだった友花さん。運命が変わったのは3歳の時でした。悪性度の高い「脳腫瘍」が見つかったのです。


母・敬子さん
「予後不良と言われて、パニックでした。あと少しで死んじゃうのかなって、不安で仕方ありませんでした」

脳腫瘍を取り除く手術は成功しましたが、命を守るための化学療法が、代償として脳に重い障害を残しました。歩くこと、話すことができなくなり、医療的ケアが必要になりました。


母・敬子さん
「自分に障害児を育てられる自信もなくて、もうとても私には無理だからこの先どうしたらいいんだろうと思ったこともありました。でもこの子に対する愛情はそれによって変わるわけじゃなくって、むしろこれだけ頑張っている子をなんとかして1日でも長く一緒にいることを考えなきゃなって思いました」















