「私の責任がきわめて大きい」

熊本市 大西一史 市長「市民病院が大変な状況になったと。あの時に耐震化を優先して着工していたら、ひょっとしたら。耐震化をしない状態の中で地震被害にあってしまったのは私の責任が極めて大きい」

あの時の判断を悔いていました。

熊本市 大西一史 市長「最悪を想定していれば、もっと色んな手だてができたのではないか。病院の経営とかを一生懸命考えることも重要だが、命を守る、市民の命を守ることを考えると、最悪のことを考えながら優先順位をつけて間違いないようにしろと、当時の自分には言いたいですね」

地震から3年半後、熊本市民病院は新たな場所に移転、再建されました。

免震構造に加え、受水槽も耐震性能を高め、断水したときは地下水を利用できるようにしました。

当時はなかったヘリポートも作り、次の災害では「受け入れる側」となることを目指しています。

地震当時の熊本市民病院 院長 髙田明医師「思いがけない災害が起こることは、肝に銘じる必要がある。それに対する準備なり、訓練なり、手順なり、地域との連携であったり、協力だったりを考えておく必要があると強く思う」

熊本地震以降、全国的にも病院の耐震化は進みました。

災害時に、けが人を受け入れる災害拠点病院の耐震化率は96%になりましたが、病院全体の耐震化率は80%止まりです。

未だ耐震化に課題を抱えています。

◆災害拠点病院の耐震化率◆ 05年43.3%、10年66.2%、15年84.8%、20年93.6%、23年96.0%
◆病院の耐震化率◆ 05年36.4%、10年56.7%、15年69.4%、20年77.3%、23年80.5%(厚生労働省調べ)