入院ノート 最後のページに書かれていた言葉

(中野智子さんの入院ノート)
「光一、どうかインフルエンザとかにならないで」「おばあちゃんとお留守番えらいぞ、がんばっておくれ」

しかし毎日書き続けたノートは9か月と3日で途絶えます。
最後のページに書かれていた言葉は…



(中野智子さんの入院ノート)
「少しでもあがきたいな」「もう少しあがきたいな」

ノートに書けなくなって1か月後。智子さんの最期を真一郎さんと光一君で見届けます。

(中野真一郎さん)
「光一、ここに座って。お母さんの手に手をのせてあげて。そこに座って見守っててあげて。お母さんに『僕がんばるよ』って言いな。『がんばるよ』って」

2019年10月17日、智子さんは息を引き取りました。

(中野真一郎さん)
「骨を焼いてから2日後ぐらいに妻の部屋に遺影を置いた。そしたら初めて泣いたのね、こいつが。嗚咽っていう感じで泣いたわけよ。そのときに多分もう会えないんだと本当に理解したのかなと思った」

「卒業式を見せたかった・・・」


2022年3月、光一君は小学校の卒業式にのぞみました。

(中野真一郎さん)
「本人もがんとわかったときに、ドクターに小学校卒業するところを見られないかなとよく言っていましたけども、奇跡は起きずに逝っちゃいましたが、見せてあげたかったな」

真一郎さんはこれまで、智子さんの死を受け入れられずにいましたが、卒業して成長した光一君の姿を見ているうちにようやく気持ちの整理がついたと言います。