挨拶もできず…突然の別れ
2011年3月11日、8人は6年生の卒業式の準備の最中、大きな地震が発生し、急いでグラウンドに避難しました。
日下龍二郎さん「僕らってこのグラウンドで、15年前の3月11日にここで『またね』も言わずに、離れ離れになったんですよ」
小高区はその後、避難区域になり8人は別れの挨拶もできずに、それぞれの避難先に向かい、離れ離れになりました。
当時の担任・川島るみ先生「少人数の良さというか、地域もそうですし、子どもたちもひとりひとりのつながりが強くて、それぞれを思いやって生活していた」
あの日を境に小学校を離れ、避難した児童たち。原発から18キロほどしか離れていない鳩原小学校が、その後、再開されることはありませんでした。















