高校の校舎にあった「もう一つの双葉町」

小畑明美さん(59)。自宅のあるエリアには今も戻れません。事故後15年間、避難先の埼玉県・加須市で暮らしています。

原発事故のあと、双葉町は町全体で加須市に避難しました。

明美さんも夫と6歳の息子とともに加須へやってきました。家族で、高校の校舎に身を寄せました。

埼玉・加須市で暮らす 小畑明美さん
「子どもたちにご飯を作って、お母さんたちとここ(校舎)でね。知ってる人たちばかりいるので、ここに帰ってくれば(双葉町の)みんながいる。ひとつの町でしたよね」

震災の1か月後、双葉町の子どもたちは加須市の小学校に入学。明美さんの息子も小学生になりました。

小畑明美さん(59)
「3.11から入学式迎えるまで、怒涛の一日一日だった。この日を迎えられたんだな。あんなことあっても」

いつしか加須での生活が日常になりました。

突然住んでいた街を追い出された戸惑い。それでも家族と生きていかなくてはならない現実があります。

小畑明美さん(59)
「これでいいのかなと思ってみたり、(福島)県内に戻るべきかなと思ってみたり。子どもも必死になじもうとしてるし、私たちも親も少しずつなじんでいかなきゃいけないのかなと思ったり。日々必死だった気がします」