「まずはうろうろ、そしてオロオロすること」
(沢知恵さん)
「2025年9月に、岩波書店から『あなた方の島へ―ハンセン病療養所と私』という自伝的エッセーが出ました。
表紙は、私が大島青松園の桟橋で、コンサートに来てくださった皆さんを見送っているシーンです。両手を上げて手を振っています」

(沢知恵さん)
「『あなたがたの島へ』は、もうお気づきのように、永瀬清子の詩からいただきました。
私が生後6ヶ月から現在に至るまで、ハンセン病療養所とどうかかわってきたかについて書きました。
私の曽祖父や高祖母も出てきます。
このたびファミリー・ヒストリーを徹底調査しまして、5代前からハンセン病療養所とのかかわりがあることがわかりました。びっくりです。
『貴方がたの島』と永瀬清子が呼んだ長島、そして大島。
その『あなたがた』という響きが、行くたびに変わっていくんですね。
『あなた』というのは、少し距離を感じますが、『私の島』とか『私たちの島』と言いたくなる時もある。
でも、そうするとまた、いや、やっぱり『あなたがたの島』。揺れ動きます。
私はハンセン病療養所に長く通っていて、その距離の取り方に戸惑い、悩み、身もだえするほど苦しんだ時期もあります。
毎週のようにどこかのハンセン病療養所をうろうろしながら、オロオロするんです。
それがハンセン病療養所とかかわることなんじゃないかな、と思っています。
『人間』とは何かを教えてもらえる大事な場所なんです。
今朝も長島愛生園に行ってきました。
月に1度、最後の日曜日は、大島青松園のプロテスタント教会で、私が世話人となって礼拝をしています。
それ以外の日曜日で行ける時は、月1回、多い時は2回、長島愛生園の教会でオルガンを弾いています。
いよいよハンセン病療養所は終わりの時を迎えています。
永瀬清子が生きていたら、どんなことを思い、どんな風に療養所とかかわるんだろう。
キラキラ光る瀬戸内海を眺めながら、私は『貴方がたの島へ』という詩と対話をしている気がしています。
最後に、私のアルバム『雨ニモマケズ』から、これは永瀬清子がまだハンセン病療養所にかかわる前、戦後間もない時に発表した詩を聴いていただきます。
『美しい国』と言います。
永瀬清子にとって、『美しい』という言葉、概念は、詩を作る上で、また永瀬自身が生きる上で、とても大切にした言葉です。
永瀬清子は、ハンセン病療養所の人たちの美しさを、どのように捉えたか。そのことにも思いを馳せながら、ごいっしょに聴きたいと思います。
そして、ガザ、ウクライナ、ミャンマーなど、争いが止まらない世界各地の人たちを思いながら聴いていただければ幸いです」

はばかることなくよい思念(おもい)を
私らは語ってよいのですって。
美しいものを美しいと
私らはほめてよいのですって。
失ったものへの悲しみを
心のままに涙ながしてよいのですって。
敵とよぶものはなくなりました。
醜(しゅう)とよんだものも友でした。
私らは語りましょう語りましょう手をとりあって
そしてよい事で心をみたしましょう。
ああ長い長い凍えでした。
涙も外へは出ませんでした。
心をだんだん暖めましょう
夕ぐれて星が一つずつみつかるように
感謝と云う言葉さえ
今やっとみつけました。
私をすなおにするために
あなたのやさしいほほえみが要(い)り
あなたのためには私のが、
ああ夜ふけて空がだんだんにぎやかになるように
瞳はしずかにかがやきあいましょう
よい想いで空をみたしましょう。
心のうちにきらめく星空をもちましょう。
ありがとうございました。














