笑顔の裏にあった過酷な被災

沿岸部の南三陸町にあった自宅は津波で流されました。自宅の玄関には、荷物を抱えながらがれきの中を歩く当時の家族写真が今も飾られています。

聖太さんの父、和昭さんは、敢えてこの写真を飾り続けていると教えてくれました。

父・和昭さん
「(内陸部の)おばあちゃんの家まで避難した。でも、その家も大規模半壊で傾いて、とても住める状況じゃないし、床も抜けていた。(写真を飾り続けているのは)この子らに、地震が起きたら、海の近くにいた場合は、すぐに逃げなさいよと、そのために飾っている」

その後、家族みんなで現在の登米市に移り住みました。