“冬眠”から醒めたきっかけは東京世界陸上を見学に行ったこと
“冬眠”は國學院大・前田康弘監督が、平林に対して使った言葉だった。ロジスティード入社後も平林を引き続き指導しているが、焦らなくていいぞ、という意味も込めて“冬眠”という言葉を使った。2人ともその時の状況を詳しく話してこなかったが、今回初めて平林が具体的に明かしている。
「別大で負けて何もかも失ったような顔で帰り、前田監督は『立ち直ってこい』という意味も込めて2週間の休みを与えてくれたのですが、ちょうど1人暮らしを始めた時期と重なって、何事も上手くいきませんでした。マットレスと段ボールの机で、2か月くらい暮らすような状態で。大学駅伝がなくなったことで、目標とする試合がなくなったような感覚に陥ってしまいましたし、一緒に練習する学生たちとの距離感も難しくて。昨年までは自分がキャプテンでチームを作ってきたのに、(別のチームのように感じられて)そこに寂しさも感じてしまっていましたね」
2月の終わり頃に左脚腸脛靱帯を痛めたことも影響した。故障自体はすぐに治ったが、メンタル面の落ち込みもあり、「立ち上げに時間がかかった」という。実業団初戦として7月に10000mに出場し、28分25秒85はそこまで悪い記録ではなかったが、平林の気持ちは上向かない。きっかけは9月の世界陸上を応援しに行ったことだった。
「東京世界陸上は見たくないと思っていましたが、周りから日本代表どうこうより、自分が走ることを考えて見たらいいんじゃないかと言われて、大学の後輩達と一緒に見に行きました。そこでマラソンをやりたい気持ちが大きくなりましたね」
11月の東日本実業団駅伝はアンカーの7区で区間4位。区間賞選手と13秒差で悪くはなかったが、納得のいく走りでもなかった。しかし11月22日の八王子ロングディスタンス10000mでは、27分37秒13と自己記録を大幅に更新。そしてニューイヤー駅伝では、21.9kmの2区を1時間01分29秒(区間3位)で走破。ハーフマラソン換算59分14秒のスピードを見せた。ニューイヤー駅伝2区の走りも、大阪マラソンに向けて自信になったという。

















