『ルール内の中で違うことを考える』小泉今日子さんの原点とは
上村
「小泉さんが軽やかに還暦の歳を飛び越えていった。それまでに不安はなかったのか、歳を重ねることについてどう思われますか?」

小泉今日子さん
「私は子どもを持たなかったんですけど、30代40代になると、周りみんな子育てをしていて、みんな大変そうだけど、自分はそこに入っていなくて。こんなことでいいんだろうかとか、体の変化も大きくあったりして、もちろんずっと不安なんですよね。だけど、その後から歩いてくる人はもっと不安だから、自分が体験したこと、感じたことをきちんと発信したり残して、安心させてあげたいっていうのはあって。『みんな怖いんだったら、私先に行ってみるよ』という感覚があります、いつも」
上村
「“ファーストペンギン”ってことですね?怖くないですか?」
小泉今日子さん
「怖いけど、失敗しても、そこを飛んだことはみんな評価してくれるだろうみたいな」
小泉さんは、俳優としても数多くの作品に出演。さらに、執筆家、プロデューサー業など活躍の場を広げてきました。
仕事の原点にあるのは、「当たり前を疑う」姿勢です。
小泉今日子さん
「普通こうだからっていう価値観でできる仕事じゃないとは思っていて、その概念みたいなことを、必ず1回見直してみるというのはある。ルール内の中でちょっと違うことを考えるみたいなのが、いつも発想の原点にはなってますね」
「行きますとも!」有言実行 被災地の能登へ
2025年12月。小泉さんは、能登半島地震の被災地にいました。
訪ねたのは、「臨時災害放送局」として地域の情報を発信する町野町のラジオ番組。きっかけは、2025年3月にTBSラジオ「サステバ」宛てに届いた、ラジオ番組の立ち上げメンバーであるお米農家の山下祐介さんからのメッセージです。
「町野がいまどんな状況になっているのか肌で感じていただきたい。開局したあかつきには町野にお越しいただき、ラジオにもご出演いただけたら大変嬉しい」という言葉に対し、「行きますとも!もっとお話を伺ってみたい気もしますし、5月以降だったら、ドラマも終わってるし。私は、こういうことは、本当に大事だと思うんです。私たちができること」と応えたのです。

小泉今日子さん
「楽しかった一瞬、幸せだなと思った何秒。それを積み重ねて自分の人生ができていく。 なるべく楽しいと思うことや、『これ美味しい』『幸せ』ということを本当に積み重ねていって欲しいです。それが一番元気が出るかな」

小泉今日子さん
「ニュースって更新されていっちゃうけど、やっぱり行ってみるとまだまだ道路がグチャグチャになっていたりとか、いつも意識することは難しいかもしれないけど、やっぱり被害に遭った人たちのことを、その土地のことを、もうちょっと考える時間が、思う時間が、まだまだ必要なんだなと」
小泉さんが能登に残したメッセージは…
「元気でいてね。楽しい時間も過ごしてね。また来ます。小泉今日子」
一人一人に丁寧に対応し、暮らしの様子など直接質問され寄り添う姿が印象的でした。














