廃隧道はいつ造られた?石井さんが辿り着いた答えとは

この地で生まれ育った地元の方の話によると、かつてこの山には多くの畑があり、麦やサツマイモ、みかんなどを栽培していたそう。この一帯には平地が少なかったため、石を積んで畑を作り、石井さんが探索した廃道は畑を行き来するのに使っていたとのこと。

また、「田面トンネル」のすぐ北にある「白崎トンネル」ができる前、使っていた海側の道が土砂崩れで崩落。「白崎トンネル」が完成するまでの間、廃道となった山側の道を再び利用したと言います。

竣工年も名称も不明の廃隧道は、妻良から子浦の中学校へ通う生徒たちの通学路としても使われていたそうで、土砂で埋まりかけていた坑口を、這いつくばりながら通っていたと言います。

さらに、土砂で崩れた場所には石井さんの推測通り、かつて短いながらも確かに隧道があったことが判明しました。

大正15年の地形図の道が、今回巡った廃道であると石井さんは推測。そして、西洋普請で開削したいと記された大正3年にはその道がなかったことから、“大正3年から15年の間に隧道が造られたのでは”と考えます。

(道マニア・石井あつこさん)
「廃道の世界は奥深い。今後も探索を続けていきたい」

CBCテレビ「道との遭遇」2025年7月22日(火)午後11時56分放送より