従業員は4000人にのぼる…当時としては大規模な火薬製造所
明治15年に操業を開始し、明治38年に日本初のダイナマイト製造工場が完成した岩鼻火薬製造所。敷地面積はなんと32万坪、従業員は4000人にのぼる、当時としては大規模な火薬製造所でした。
その岩鼻火薬製造所が第二次世界大戦末期、空襲の被害を避けるため、防空仕様の地下工場を新たに沼田市上川田(かみかわだ)に建設し、移転する計画が立てられました。
現在町道になっている道も、元々は火薬製造工場へアクセスするための軍用道路として整備されたと言います。

しかし、昭和19年に工事を開始するも、昭和20年8月の終戦により工事は中止。完成には至らなかった未完成の軍用道路は廃道に。その痕跡が、利根川に架かる「月夜野大橋」の近くの急崖に今も残っています。

入口は土砂で埋もれていますが、中には広い空間が。「地図に載ることもなく、使われた記録もない隧道。意外と幅も広くて地面も平らで、車1台通れそうなゆとりがある」と道マニアは言います。
さらに、隧道を抜けた先には未完成の切り通しも。道は終戦とともに、未成のまま廃道となりました。














