業界全体・社会全体としてカスハラ対応の「相場観」作りを
以上見てきたとおり、各企業は、改正労推法の施行が迫る中、従前のセクハラ対応やパワハラ対応を下敷きにしながら、手探りでカスハラ対応を進めているところである。
カスハラ対応の勘所は、個社事情に沿った個別具体的な施策にあると思われるが、こうした施策が「ビジネスと人権」の文脈でも各企業に求められることは先に述べたとおりである。
しかし、筆者らも身をもって感じるところだが、この「個別施策」を考え出すことがなかなか難しい。効果のない教科書的な施策にならないよう、国内外の先行事例を参照しつつ(注27)、同業他社や業界団体と対話を重ねることも重要であろう。
そして、こうした対話を重ねることにより、業界全体・社会全体としてカスハラ対応の「相場観」を作っていくことが、得てして、カスハラそのものの撲滅にも繫がるのではないだろうか。
この点、厚労省はカスハラ対策に関心を持つ業界団体等による対策を支援するためのモデル事業の中で、業種別カスタマーハラスメント対策企業マニュアルを作成していて、2024年度に「スーパーマーケット業編」を作成し、2025年度は「宅配業編」を作成予定である(注28)。こうした政府の動きが後押しとなり、官民一体でカスハラのない社会が実現されることを願いつつ、筆をおきたいと思う(注29)。
注1 都条例第4条では「何人も、あらゆる場において、カスタマー・ハラスメントを行ってはならない」と明確な禁止規定が設けられており、カスハラが許されないことを世間が分かりやすく認識できる内容になっている。東京都が都条例に基づいて策定した指針(ガイドライン)ではさらに詳細な説明がなされており、同指針で示された内容は、改正労推法の対応を検討するうえでも、非常に参考になる。
注2 なお、北海道、群馬県、三重県桑名市でも2025年4月1日にカスハラ条例が施行されている。このうち三重県桑名市の条例は、行為者の氏名等を公表できる規定を設けており、一歩踏み込んだ内容となっている。さらに、三重県は2026年度に全国初となる罰則付き条例案を県議会に提出することを目指している(「悪質カスハラ 罰金検討 三重県、条例案提出へ」日本経済新聞朝刊東京本社版2025年10月15日、38面参照)。
注3 東京都は、ポスター以外にも「TOKYOノーカスハラ支援ナビ」を公表するなどして、カスハラの普及啓発活動を進めている。
注4 都条例の規定の多くは努力義務に留まっているが、前掲注1)で示した第4条は義務規定であることに注意が必要である(原昌登「カスタマーハラスメントに対する規制の動向(条例制定と法改正の動向)」季刊労働法289号2頁、9頁(2025)参照)。この点、都条例第4条に違反することが不法行為の成否の判断等に影響をもつとの考え方があるのに対して、都条例の違反が民事上の効力に直結しないというという考え方もある。前者は原・同上6頁、後者は川端倖司「条例によるカスタマーハラスメント対策」ジュリ1605号47頁、50頁(2025)をそれぞれ参照。
注5 なお、改正労推法と同時に成立した改正男女雇用機会均等法により、いわゆる「就活セクハラ」もハラスメントの仲間入りをすることになった。
注6 労政審の建議(2024年12月26日)の別添6頁では、「平均的な労働者の感じ方」、すなわち「同様の状況で当該言動を受けた場合に、社会一般の労働者が、就業する上で看過できない程度の支障が生じたと感じるような言動であるかどうか」を基準とすることが適当であるとの記載がある。
注7 同上参照。
注8 消費者の権利との関係については、滝原啓充「カスタマーハラスメントに係る裁判例の動向と法的論点」季刊労働法289号12頁、27-29頁(2025)参照。
注9 改正労推法第34条第2項では「雇用する労働者がカスハラをしないよう研修の実施等必要な配慮をする努力義務」も定められている。また、同条第3項では事業主と役員に、第4項では労働者に、第5項では顧客等に対し、それぞれカスハラをしないよう必要な注意を払う努力義務を課している。
注10 なお、TBSでは、2025年6月に「TBS赤坂ACTシアター」に関する個別ポリシーを策定し、同年7月に「TBSチケット」に関する個別ポリシーを策定したほか、同年10月に包括的な「TBSグループ カスタマーハラスメントに対する基本方針」を策定・公表した。
注11 厚労省が2022年2月に公表した「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」では、企業や業界により顧客等への対応方法・基準が異なることを前提として、企業が取り組むべき対策を具体的に挙げている。
注12 業種ごとに対応を検討する必要があること等について、櫻井洋介「カスタマーハラスメント対応の課題と実践」NBL1287号4頁、7頁(2025)参照。
注13 原昌登「労働施策総合推進法の改正―カスタマーハラスメント(カスハラ)の法制化」ジュリ1615号98頁、101頁(2025)参照。
注14 民法第1条第2項、労働契約法第5条。なお、労働契約上の義務に留まらず、特別の社会的接触関係にある当事者間の付随義務であると解されている。
注15 なお、安全配慮義務と職場環境配慮義務で保護領域に差異があるとする見解について、滝原・前掲注8)25頁参照。
注16 広島高判平成16年9月2日労判881号29頁[下関セクハラ事件]。
注17 措置義務を十分尽くしていなかったことが安全配慮義務違反の判断に影響を与える可能性について、山川隆一ほか「座談会 カスタマーハラスメント対策の現状と展望」ジュリ1605号14頁、23頁(2025)参照。
注18 東京高判令和4年11月22日[NHKサービスセンター事件]。なお、BtoB案件で加害者と加害者側の使用者の責任を認めた裁判例としては長野地飯田支判令和4年8月30日(判例集未登載)、BtoBカスハラを分析した論考としては原昌登「カスタマーハラスメント(カスハラ)の法律問題(続)─B to B カスハラを中心に─」成蹊法学100号59-72頁(2024)がある。
注19 この点、池内裕美「カスタマーハラスメントにおける日本の法整備の現状と課題―韓国の感情労働者権利保護施策を参考として―」関西大学『社会学部紀要』第56巻第2号119頁、121-122頁(2025)は、「お客様を加害者扱いするなんてありえない」と対策を講じること自体に否定的な企業があったことも、法整備に遅れが出た一因だとする。
注20 厚労省・前掲注)40頁の図9及び正誤表を参考に作成。
注21 フジテレビ第三者委員会「調査報告書(公表版)」2025年3月31日55-56頁参照。
注22 櫻井・前掲注12)9頁参照。
注23 株式会社ローソン「ニュースリリース:名札への実名以外での任意のアルファベット表記を実現」2024年6月4日参照。なお、ローソンのカスハラ対策の詳細については、仲摩篤史「ローソンのカスタマーハラスメント対策」ビジネス法務25号104頁-105頁(2025)参照。
注24 岸本まりみ「調剤薬局ロボが接客」日本経済新聞朝刊東京本社版2025年7月8日、14面参照。
注25 全日本空輸株式会社=日本航空株式会社「共同リリース:ANAグループとJALグループ共同で「カスタマーハラスメントに対する方針」を策定」2024年6月28日参照。
注26 公益社団法人日本薬剤師会「カスタマーハラスメント防止啓発ポスターを作成しました」参照。
注27 韓国の事案であるが、電話の保留音を従業員の家族の声に変えて、「やさしくてまじめな私の娘におつなぎします」などと流すキャンペーンを行ったところ、カスハラ減少に大きな成果をあげたという(池内裕美「日本と韓国におけるカスハラ法整備の現状と課題-実効性のある法制化に向けて」ビジネス法務25号106頁、109-110頁(2025)参照)。
注28 政府広報オンライン「カスハラとは?法改正により義務化されるカスハラ対策の内容やカスハラ加害者とならないためのポイントをご紹介」参照。
注29 筆者らが筆をおいた後の2025年11月17日に、厚労省の労政審が「職場におけるカスタマーハラスメントに関して雇用管理上講ずべき措置等に関する指針の素案」を公表した。本稿はその公表前に書き終えたものであるが、概ね素案の内容に沿ったものとなっており、引き続き読者の便宜になるものと思う。とはいえ、今後カスハラ対応を進めるにあたっては、この指針の内容を点検することが欠かせなくなるだろう。
<執筆者略歴>
梅岡 哲士(うめおか・てつじ)
2015年弁護士登録。都内法律事務所で一般民事事件を中心とした弁護士業務に従事した後、2018年にWOWOWに入社しエンタメ法務に携わる。
2022年TBS入社。ビジネス法務部に所属しつつ、企業法務部と個人情報管理事務局も兼務し、TBSの法務全般に幅広く従事。
矢内 一正(やない・かずまさ)
2006年東宝入社、2020年TBS入社。元ゴジラ戦略会議メンバー。国家試験「知的財産権管理技能検定」試験委員(技能検定委員)、文化庁「誰でもできる著作権契約マニュアル」(改訂版)検討委員会委員。
近著に「地殻変動に揺れるエンタメ業界」(IPジャーナル21号より連載中・共著、商事法務より書籍化・刊行予定)、「フジテレビ第三者委員会報告書を読み解く」(NBL1295号・共著)など。
【調査情報デジタル】
1958年創刊のTBSの情報誌「調査情報」を引き継いだデジタル版のWebマガジン(TBSメディア総研発行)。テレビ、メディア等に関する多彩な論考と情報を掲載。原則、毎週土曜日午前中に2本程度の記事を公開・配信している。














