災害が残す深い爪痕「個人の痛みを記憶として引き継ぐと救われる」

遠因死は、法律で規定されているわけではない。

しかし、専門家は災害が残す深い爪痕を考える上で、遠因死という考え方が持つ意義は大きいと話す。

関西学院大学 人間福祉学部 池埜聡教授
「災害による被害者や被災者という概念は、固定されたものじゃないと思う。これからどんどん常に問い直されていくし、変わっていく」
「『遠因死』という、もう1つ外のサークルが広がることで、“個人の痛みを、社会の記憶として、私たち全体の記憶として一緒に引き継いでいこう”という。こういうメッセージがあると、すごく救われる」

遠因死が引き起こされるのは、震災だけではない。

荒川直起さん
「これがね、妹っぽいんですよ。この笑い顔がね、好きなんですよ」

大阪市に住む荒川直起さん(58)。妹の由起さん(当時32)は2006年に自死した。

荒川直起さん
「会いたいですよ…そっくりな人を見ると、たまに街でよく似た感じの人を見たら、あっと思う時があるもんね」

由起さんに何があったのか。

2005年4月に発生したJR福知山線脱線事故。
亡くなった乗客106人の中に由起さんの婚約者が含まれていた。2人は翌月に婚姻届を出すはずだった。

由起さんは、婚約者の最期について少しでも情報を得ようと、乗車位置を探す活動に加わった。

事故の衝撃や混乱の中で犠牲者がどこに居たのか分からず、苦悩する遺族がいたことを受けて始まった活動だ。

由起さんも、婚約者が2両目にいたことはわかっていたが、より詳しい位置を知りたいと、参加していた。自らも事故で負傷し、活動の中心メンバーだった男性はこう振り返る。

乗車位置を探す活動に参加 小椋聡さん
「当然家族を失った皆さんは、ものすごく大きな喪失感を抱くと思うが、(婚約者の死で)彼女の場合は本当に、体の半分を持っていかれたような感覚だったんじゃないか」
「みんなが一生懸命探している仲間の中に入って、“私もみんなと一緒に頑張るよ”という雰囲気の中にいることで、かろうじて生きていたんじゃないか」

活動に参加していた遺族の思いをまとめた冊子に、由起さんは手記を寄せている。

荒川由起さんの手記より
「事故の瞬間の全てを知る事はできません。でもせめて、最期の位置を知り、その場へ行きたい。行ってあげたいと思うのです」

しかし、願いは叶わず、婚約者の最期の乗車位置は分からなかった。

そして、事故から約1年半が経った2006年10月、由起さんは自ら命を絶った。

荒川直起さん
「おふくろは…すぐ抱きかかえてましたね…僕は逆に、妹にさわれなかった…」

福知山線脱線事故の死者数は、運転士を除くと乗客106人とされている。

それでも、“妹は脱線事故の犠牲者だ”という思いが、直起さんから消えることはない。

荒川直起さん
「当時は(死者数)106という数字を見るのは、すごくプレッシャーだったんだけど、自分の心の中でね、人数をちゃんと計算してるんで。あの表現を見たらちょっと悲しい部分はあるけど、僕はずっと、いま言ったみたいに思っているつもりなんで」

阪神・淡路大震災の「遠因死」の中にも、人生に自ら幕を引いた人が含まれている。

当時、国は災害関連死の対象に自死を含んでいなかった。そのため、震災の死者6434人に、自死した人は1人も入っていない。