「戦争なんて、もうもうこりごりだ」

しげ子さんが書き残した手記

2人の娘を失い、しげ子さんは失意の底にいました。それでも、出征した長男の孝彦さんが、元気に生きてくれていることが分かりました。「何十日ぶりかに生き返った気持ちになった」。しげ子さんは、その時の心情をこう綴っています。

そして月日は流れ、孫が生まれました。しげ子さんの手記は、こう締めくくられています。

しげ子さんの手記より
「かくて星うつり年かわりて長男もやっと結婚した。やがて次女によく似た赤ちゃんが生まれた。

私はこの孫が生まれた日から1日もかかさず神仏に元気でかしこく育ちますよう祈らぬ日とてはない。

戦争なんて、もうもうこりごりだ。何時までも何時までも平和でありますよう祈りつつ鉛筆をおきます」

この手記は1968年2月、当時小学校2年生だった孫に「家族の思い」として、したためられました。孫のためだけに書き残した手記でした。しげ子さんは、この手記を書いた6年後に亡くなりました。

【関連記事】
「姉を見殺しに」火に包まれる建物から母を背負って逃げた少年 50年間、家族にさえ語れなかった 消えない「助けて」の声【被爆80年 いま伝えたい被爆者の声】
8歳で覚悟した「死」 頭髪は全て抜け 医師から「もう命がない」と告げられ 80年で初めて語るあの日の記憶【被爆80年 いま伝えたい被爆者の声】