成約を阻む「デッドロック」…利害調整がつかない構造
野村:起業家も投資家もM&Aを検討しているのに、なぜ実際には成約件数が伸びないのでしょうか。買い手との金額が折り合わないということですか。
村上:金額の折り合いはもちろん大きな論点ですが、より深刻なのはスタートアップ特有の複雑な資本構成による「デッドロック(膠着状態)」です。
野村:デッドロック、ですか。
村上:分かりやすくタワーマンションの総会で例えてみましょう。500戸のマンションで、皆同じ間取りに住んでいるとします。しかし、購入時期によって価格が違い、ある人は1000万円、ある人は1億円、ある人は10億円で買っています。このマンションをデベロッパーが「一律5000万円で買い取ります」と提案したらどうなるでしょうか。
野村:1000万円で買った人は喜びますが、10億円で買った人は大損なので絶対反対しますね。
村上:その通りです。スタートアップも同様で、シリーズA、B、Cと異なるタイミング、異なる株価で株主が入ってきます。さらに優先株などの条件も異なります。M&Aの提案があった時、「自分にとっては利益が出るが、あの人にとっては損になる」という状況が生まれ、利害調整がつかなくなるのです。
「全員が拒否権をもつ」というガバナンスの罠
野村:そのような利害の不一致が起きた場合、どのように意思決定をするのでしょうか。
村上:ここが最大の問題点です。日本のスタートアップ投資契約では、初期の投資家も含めて多くの株主が「拒否権」を持っているケースが多々あります。全員が「イエス」と言わないと進められない構造になっているのです。
野村:それは身動きが取れなくなりますね。
村上:本来であれば、M&Aのような重要な決定は取締役会の多数決などで決めるなど、シンプルな意思決定プロセスを設計しておくべきでした。しかし、過去10年間の慣習として、投資家全員にいい顔をして、それぞれの権利を維持したまま進めてしまった結果、いざという時に「説得しなければならない人が多すぎる」という事態に陥っています。
野村:従業員のストックオプション(SO)などの扱いも難しそうですね。
村上:おっしゃる通りです。M&A時にSOが買い取られない、あるいは権利が消滅するような条件だと、従業員を守りたい経営者は反対します。経営者自身も、優先株主への分配を優先すると手元に一銭も残らないケースがあり、そうなると売却のインセンティブが働きません。














