スタートアップの出口戦略(イグジット)として、主に挙げられる「IPO(新規公開株式)」と「M&A(合併・買収)」。近年、東証の上場基準引き上げなどの影響により、IPOの難易度が高まる中、M&Aへの注目が集まっています。

データ上ではM&A件数は増加傾向にあるといわれていますが、現場の実感はどうなのでしょうか。スタートアップM&Aの「リアルな現状」と、成約を阻む「資本政策の歪み」について、シニフィアン株式会社共同代表の村上誠典さんに伺いました。

東京ビジネスハブ

TBSラジオが制作する経済情報Podcast。注目すべきビジネストピックをナビゲーターの野村高文と、週替わりのプレゼンターが語り合います。今回は2025年11月16日の配信「村上さんに訊く、スタートアップM&Aのリアル(村上誠典) 」を抜粋してお届けします。

データと実感のギャップ。M&Aは本当に増えているのか?

野村:スタートアップの出口戦略といえば、基本的にはIPOかM&Aによる売却といわれています。昨今は東証のいわゆる「100億円基準」など上場維持基準が上がったことで、M&Aを選択する企業が増えているという話も聞きますが、現状はいかがでしょうか。

村上:統計データを見ると、確かに国内企業によるM&Aは金額・件数ともに過去最高水準で推移しており、ポジティブな見方がされています。しかし、私の肌感覚としては全く違っており、実際に成約している件数はかなり少ないと感じています。

野村:数字上は増えているのに、実感としては少ないと。それはどういうことでしょうか。

村上:重要なのは「検討している数」と「成約した数」の違いです。M&Aの可能性を検討している、いわゆるパイプラインにある案件はここ数年で急増しています。しかし、成約に至る件数は一次曲線的に少しずつ増えている程度です。つまり、検討数という分母に対して、成約という分子の割合はむしろ下がっているのが実態です。

野村:なるほど。検討はするものの、実現には至っていないケースが多いのですね。

村上:もう一つの要因は、IPOの減少です。IPOの難易度が上がり件数が減っているため、相対的にM&Aの比率が計算上上がって見えているだけという側面もあります。スタートアップの総数や投下された資金量に対して実際に成約している割合で見ると、決して「増えている」とは言えないのが私の感覚です。

なぜ今、M&Aの検討数が急増しているのか

野村:実際に成約するかは別として、M&Aを検討する企業自体が一気に増えた背景には何があるのでしょうか。

村上:大きく分けて、「起業家側の事情」と「投資家側の事情」があります。まず起業家側ですが、5~10年前は「IPO以外は負け戦」という認識が強く、M&Aを検討する人は稀でした。しかし近年、IPOの年間枠は限られている上に、審査基準やバリュエーション(企業価値評価)の維持が厳しくなっています。IPO一本槍では事業成長や資本政策が続かないと合理的に判断し、M&Aを現実的な選択肢として考え始めています。

野村:投資家側の事情についてはいかがですか。

村上:ファンドの満期問題があります。日本のスタートアップエコシステムに資金が大きく還流し始めたのが2017年頃からですが、ファンドの運用期間は大体10年です。つまり、2027~28年頃には資金を回収しなければなりません。

現在、多くのファンドが「含み益(アンリアライズド・ゲイン)」はあっても、実際に現金化(リアライズ)できていない状態です。出資者からの回収圧力も高まる中で、IPOがすぐにできないとなれば、ファンド側としてもM&Aによる回収を望むようになります。起業家も投資家もM&Aを必要とし始めている、これが検討数急増の背景です。