高田泰子さん
「これが長男ですね。(長嶋さんは)子どもをかわいがってくださった。連れて出るときに一言かけてくれればよかったが、黙って連れて出るので、みんなで『いない、いない』と大騒動。」


「(子どもは)おもちゃを買ってもらったと喜んでいました。いい方ですね。」


長嶋さんの部屋はいつも決まっていました。浴衣は、長嶋さん自身が持ち込んだものが常備されていたそうです。


高田泰子さん
「『また、今度ね』と置いて帰られますでしょ。それで洗濯して、きちんと持っていました。旅館の浴衣ではなくて、長嶋さんご自身の浴衣なんですね。」


​1980年代に建物を増築し、35の客室や宴会場・大浴場を備える広島市最大の旅館となりました。そのころから修学旅行生も受け入れ、ピーク時には1日で最大400人の宿泊を受け入れたこともありました。


ところが、老舗旅館もコロナ禍に直面することになります。


高田泰子さん
「お弁当でも作ったらどうと、やってみたけど、なかなか難しい。お弁当を少しこしらえるのでも従業員をたくさん出さないといけない。だったら休んだ方が…」

GoToトラベル事業で一時は客足が戻ったそうですが、何度も繰り返す感染の波が追い打ちをかけました。

高田泰子さん
「1月から3月まで本当にいっぱい予約が入っていた。2000人くらい。それも全部、取り消しになりました。」


建物が老朽化し、設備の部品も取り寄せることができなくなり、多額の改修費用もかかることから旅館を閉じることにしました。


小林康秀キャスター
「広島市の中心部・三川町です。ここが、世羅別館が営業をしていた土地です。わたしは旅館が閉じる1週間ほど前に旅館を訪れました。いつもどおりの外観でしたが、荷物を運び出す姿は見られました。そして、今は仮囲いに覆われ、解体工事が行われています。」


高田泰子さん
「本当はもうちょっとやってみたいと思っていたのですが、冷暖房もことしの夏が限界と言われて。去年から個別にすることにしていたが、できない部屋がある。お客さまに無理をお願いして、事故があってはいけないと思って、決断しました。」

閉館を聞いて驚きの声もあるそうですが、泰子さんは、「今は利用してくれたみなさんに感謝の気持ちしかない」と話していました。


世羅別館 大女将  高田泰子さん
「今まで世羅別館をご利用いただきまして、誠にありがとうございました。」