終戦後、アメリカの統治下におかれた奄美群島。大島紬の生産は少しずつ再開しましたが、本土への輸出ができず、食糧難や物資不足に苦しみました。日本に復帰したのは、終戦から8年後でした。

(南祐和さん)「日本人になれたという喜び。今まで虐げられていたものが、一気に解放されたような。解放感がすごかった」

復帰後、大島紬は奄美の経済復興の要となりました。高度経済成長期を迎えると、華やかな白大島が登場し、紬ブームに。

(南祐和さん)「大島紬が売れていたので、機屋が工賃を競争してあげた。経済効果はすごく大きかった。みんな学校にいけたのは紬のおかげだと言っていた」

しかし、平成に入ると和装離れが進み、生産量は年々減少。昨年度はおよそ2400反と、ピーク時の100分の1以下でした。

(南祐和さん)「1軒閉め、2軒閉め。機の音が聞こえなくなったのが一番さみしい」