「集団行動ができない子」が経営者になるまで
植松さんは現在59歳。
講演が始まると、スクリーンに子どものころの自分の写真を映し出しました。
「これが昔の僕です」
スクリーンに映し出されたのは、みんながラジオ体操をしている中、一人だけグラウンドに絵を描いている少年の姿でした。
植松努さん:
「通知表にはいつもこう書かれました。『集団行動ができない』『落ち着きが足りません』『忘れ物が多い』。そして服がいつも後ろ前だ、と」
そんな「かなり残念な僕」は、北海道の赤平という町で育ちました。
かつて石炭を掘って栄えた町でしたが、今では6万人いた人口が8200人まで減少しています。
毎年400人ずつ人が減り続ける、いわゆる地方衰退の典型的な例でした。
しかし、植松さんはこの不景気な町で、25年前に会社を立ち上げました。
「仕事がなかったら作ればいい」――その単純な発想が、やがて日本で最も多くのロケットを飛ばす企業へと成長していくのです。














