日本は災害も多く、古い建築物は建て替えられて、あまり残りません。
三江線のこの区間は戦後間もなくの建設で、インフラメンテナンス工学が専門の岩城教授には興味深いといいます。
日本大学工学部工学研究所・岩城一郎所長・土木工学科教授
「正直申し上げると思ったほどは(コンクリートの品質が)良くなかったと。それはそれで発見だと思います。ここからコア(サンプル)を取って、どんなコンクリートだったかということを正確に分析することで理由は分かって来ると思います。」
1926年に着工され、太平洋戦争を挟んで50年間がかりで完成した三江線では、半世紀間それぞれの最新技術が反映された結果、建築学的に貴重な構造物が沢山あるといいます。

例えば島根県川本町に2か所ある「目の字形ラーメン橋」は、戦前の1934年に建設され国内では三江線にしか存在しない、漢字の「目」の形をしたコンクリート橋です。
昨年度土木学会の「選奨土木遺産」になりました。
また「天空の駅」と呼ばれた宇都井駅は、地上20メートル全長160メートル近い複雑な構造の高架橋の上あり、先ごろこちらも「選奨土木遺産」になりました。
NPO法人江の川鐵道・森田一平さん(邑南町羽須美支所プロジェクトマネージャー)
「三江線っていうのはですね、江津・浜原間が戦前の技術。それから南側の三次・口羽が戦後すぐの技術。それから浜原・口羽の真ん中の所が高度成長期に造られた。」
このほどで開かれたシンポジウムでは、沿線自治体や土木の専門家、学生ら40人近くを前に、廃線後の線路を使ってトロッコ列車を運行するNPO法人江の川鐵道の森田一平さんが、三江線の特徴やシンポジウムの狙いを説明しました。