原発の新増設は想定していない―。2011年の福島第一原発事故以来、日本政府が一貫してとってきた政策方針が大きく転換することになりそうです。経済産業省は28日、原発の運転期間を実質的に今の60年から延長すると共に、廃止が決まった原発の建て替え(リプレース)を進めていく方針を示しました。審議会に提出された行動計画案には、「新たな安全メカニズムを組み込んだ次世代革新炉の開発・建設を進めていく」と「建設」という言葉を明記し、方針転換を明確にしています。
■建て替えのため「原発建設」推進に転換
政府や自民党が「リプレース」といった聞き慣れない英語をわざわざ使うのは、原発を増やすわけではなく、より安全なものに置き換えるといったニュアンスを強調したい意図が透けて見えますが、廃止した原発の後に、新しい原子炉を設置するのですから、どう見ても「新たな建設」です。
政府が、ここにきて「原発建設」へと方針転換に踏み切るのは、このままでは、原子力発電に関する人材や技術が日本から失われてしまうと危機感があるからです。日本の原発建設は、2009年の北海道電力の泊原発3号機を最後にストップしています。その一方、既存の原発の高齢化はどんどん進んでいて、すべて40年運転だとすると、このままでは33基ある原発が、2050年代には3基にまで減ってしまうのです。新しい原発ができなければ、原子力産業や人材が維持できないというわけで、関係者からは「もはやラストチャンスだ」との声も聞かれます。
■「次世代革新炉」ってなんだ?
新たに原発を作るにあたって、これまでと同じものでは世論の理解が得られそうにありません。そこで出てきたのが、『次世代革新炉』という単語です。何やら、革命的な技術進歩で安全性や効率性が飛躍的に向上したものという印象を受ける言葉です。もちろん将来的には、小型モジュール炉や高温ガス炉、高速炉、さらには核融合炉など、文字通りの次世代型原発が実現する可能性はありますが、これらはいずれも未だ研究段階で、実用化は遠い先です。
当面、建て替え用に想定されているのは、今の軽水炉原発を改良して安全性を高めたもので、メーカーである三菱重工業は、これを『革新軽水炉』と呼んでいます。メーカーにはメーカーの思いがあるのでしょうが、『革新』と呼べるほどの劇的な変化があるかどうかは評価がわかれるところですので、ここでは「改良軽水炉」と表記することにします。改良軽水炉は、すでに9月に三菱重工と関西電力などが共同開発する方針を公表していて、政府与党内では、すでに廃炉作業が始まっている関西電力の美浜1、2号機の建て替えとして、建設を目指す構想が浮上しています。ちなみに美浜1号機は、日本で初めて商業運転した原発で、1970年の大阪万博の際に、美浜1号機からの電気が送られ、万博会場に「原子力のあかりが灯った」と話題になった原発です。
■本命は、「改良軽水炉」
さて、改良軽水炉では、一体、何が改良されているのでしょうか。福島原発事故の教訓などを受けて、様々な安全対策を追加しています。①地震や津波に備え、建屋の一部を岩盤に埋め込むと共に、建屋をより高い位置にする、②航空機の衝突にも耐えられるほど格納容器を強靭化する、③非常時の原子炉内への注水システムを幾重にも強化する、④万一、核燃料が溶融した場合に、それを下で捕捉するコアキャッチャーを設置する、⑤ベントの際に放射性希ガスを吸着・捕捉するシステムを導入する、といった多くの改良が積み重ねられました。もちろん、その分、建設コストは高くなり、1基1兆円近くかかると言われています。
しかし、この改良軽水炉ですら、開発が始まったばかりで、今後の開発、設計、建設というプロセスを考えると、実際に完成するのは、早くても2030年代の半ば以降になりそうです。この間に技術的な問題に色々直面するでしょうし、こうした長期の巨額な投資に、電力会社が耐えられるのかどうかも、極めて不透明です。
■21世紀後半も原発が必要か、問われる議論
エネルギー供給への不安や、脱炭素推進のためにも、当面、今ある原発を活用することには、一定の理解があるにしても、よりコストの高い原発を、2040年、2050年に向けて新たに作っていくところまで、国民の理解は得られているでしょうか。現在33基ある原発のうち、実際に稼働しているのは10基に過ぎません。新たな建設の前に、残る原発を地元の理解を得た上で再稼働させることが、まずは優先されるべきではないのでしょうか。
先に述べたように、『革新軽水炉へのリプレース』という方針は、将来にわたって日本に原発が必要不可欠であるという前提の議論です。そうであれば、確かに改良軽水炉の建設は、ひとつの選択肢でしょう。しかし、本当に21世紀後半も原子力発電は必要なのかどうか。新たな原発建設に踏み切るためには、その議論への国民の納得が必要です。新たな原発の建設は、目の前の電力逼迫や価格高騰への対応とは異なる次元の話です。50年先のエネルギー政策を決める広範な議論と合意形成が欠かせません。
播摩 卓士(BS-TBS「BiZスクエア」メインキャスター)