「歌う札幌市長」としても知られた上田文雄さんが、すい臓がんで、18日亡くなりました。
音楽や芸術を通じてまちづくりを目指した人でした。
上田文雄さん(2003年)
「そろそろ行かないと」
自転車通勤で温暖化対策を訴える札幌市長時代の上田文雄さんです。
新たな負担を求めるゴミの有料化では、自ら広告塔を務める行動する市長でした。
札幌市民
「リベラルな感じで人に優しかった」
「(上田さんが)自転車通勤をしていたから庶民アピールも強くてなじみやすい感じ」
上田さんは、北海道十勝地方の幕別町の出身で、1978年に弁護士登録。
人権派弁護士として活躍する一方、同じ法律事務所の横路孝弘さんが知事選に出馬するとその選挙を支えました。
2003年、当時の民主党からの要請で札幌市長選に出馬しました。
過去最多、7人が立候補。そして、再選挙を経て初当選。市長を3期務めました。
市長就任あいさつ(2003年)
「芸術、文化の発信都市の実現にあたっては地域の代表者であるみなさま、市民と市政のかけ橋である皆さんのご指導、協力が不可欠」
また「歌う市長」として歌と音楽をこよなく愛し、多様性のあふれるマチづくりを目指しました。
2014年には、現代アートを一堂に集めた札幌国際芸術祭を立ち上げ、初代の総合芸術監督に口説き落としたのが坂本龍一さんでした。
坂本龍一さん
「開拓精神というとちょっと死語みたいだが、残っているととても感じる。それらはぜひ芸術祭のエネルギーに生かしたい」
坂本さんと上田さん、2人を結びつけたのは「脱原発」だったとも言われています。
通夜は、20日午後5時から。葬儀は、21日午前11時から札幌の東本願寺札幌別院で行われます。