蔡英文氏が握るカギと中国の反応

垂秀夫氏は、現在の頼清徳総統についても言及しています。

「頼清徳は筋金入りの『台湾独立派』である。アメリカは確実にそう認識しているし、日本政府もそう考えている」

頼総統は3月、中国を「敵対勢力」と明言し、台湾近海での中国の軍事演習は蔡英文政権時代より頻繁に行われ、圧力は強まっています。このような状況下で、退任したとはいえ蔡英文氏が現政権への抑え役としてカギを握る可能性があります。

垂氏は、「『習近平中国』と対峙する台湾にとって、外交・安全保障政策は最重要課題だが、その分野について蔡英文氏の影響力が残ることは間違いない」と分析しています。私も同意見で、蔡英文氏の影響力が残らないと、中台関係が危険水域に入るという懸念も感じています。

今回の蔡英文氏の日本訪問は「プライベート」とされましたが、中国外務省のスポークスマンは「いかなる台湾独立分子が、いかなる名目であれ、中国と国交を持つ国を訪れることに断固反対する」と述べました。

しかし、これは型通りの反対表明に過ぎず、中国は打つ手がないのかもしれません。24年前、李登輝氏の訪日が大騒ぎになったのに対し、今回は「ニュースにならないニュース」となったことこそが、この間の日台関係の発展と成熟を物語っています。

蔡英文氏が「日本びいき」であることを考えれば、彼女はまた日本を訪れるでしょう。そのうち、垂氏のような外交官経験者や日本の政治家とも交流し、意見交換を行う機会も増えるはずです。それこそが、垂氏が本で指摘した「蔡英文氏が残す影響力」の一端なのでしょう。

◎飯田和郎(いいだ・かずお)

1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。2025年4月から福岡女子大学副理事長を務める