「サプライズなし」の穏健政策

蔡英文氏は昨年2024年まで8年間、台湾初の女性総統を務めました。もともと法学者である彼女は、李登輝・元総統時代から政府の仕事に携わり、高く評価されていました。

蔡英文氏が総統を務めた8年間、台湾と中国の関係は穏健でした。中国を刺激しないよう、また台湾の後ろ盾であるアメリカや日本との安定した関係を維持するため、穏やかな対中政策を続けたように見えます。

その背景には、日本の外交官の存在があったかもしれません。2023年末まで3年余り中国大使を務めた垂秀夫氏(現在は立命館大学教授)は、最近上梓した『日中外交秘録――垂秀夫駐中国大使の闘い』(文藝春秋社)の中で、蔡英文氏が2016年に総統に初当選した翌日、秘密裏に面会し、こう伝えたと記しています。

「最も重要なメッセージは『今後、日本と台湾の当局間で、サプライズはなしにしましょう』ということだった。(同じ民進党の総統だった)陳水扁(ちん・すいへん)は独立志向が強く、ブレークスルー(つまり突破)を狙って目新しいことをやろうとする傾向が強かった。そういうことがある度に中国側の反発を誘発し、逆に具体的な日台関係事務が滞ってしまうことが多かった。そこで今度はサプライズなしで安定した日台関係を構築することが重要だと伝える必要があったのだ」

このアドバイスが、蔡英文氏の穏健な対中政策に影響を与えたのかもしれません。