520人が犠牲となった日航機墜落事故からきょうで40年です。墜落現場の「御巣鷹の尾根」では、朝から遺族らが慰霊登山を行いました。このあと慰霊式典が行われる会場から中継です。
私は今、「御巣鷹の尾根」の麓にある群馬県上野村に来ています。こちらでは午後6時から慰霊式典が行われる予定です。
1985年8月12日、乗客乗員524人を乗せた羽田空港発大阪行きの日本航空123便が操縦不能になり、午後6時56分、「御巣鷹の尾根」に墜落。520人が亡くなり、生存者はわずか4人でした。
事故から40年の節目となるきょう、現場では遺族らおよそ260人が山を登り、犠牲者を悼みました。
弟を亡くした 小林由美子さん(66)
「40年間、笑顔を忘れないで頑張ってきたよ。でも、8月12日だけは我慢していた涙が流れちゃうんだ」
夫を亡くした 小澤紀美さん(69)
「主人の血と汗とすべてがこの山に眠っていると思うので、私はこの山に来ると、とても愛おしいものを感じます」
初めて山に登った俳優の黒木瞳さんは、この事故で亡くなった宝塚歌劇団時代の同期に思いをはせました。
宝塚時代の同期を亡くした 俳優 黒木瞳さん
「本当に山の中でしんどかったんだろうなと」
事故から40年が経ち、遺族や関係者の高齢化が進む中、どのように次の世代に語り継ぐかが課題となっています。
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