太平洋戦争では、植民地だった朝鮮半島や台湾の若者も日本兵として戦場に送られました。「死んでいった仲間たちのことを記憶に留めたい」、台湾出身の元日本兵の長年の夢が戦後80年にしてようやく叶いました。
横浜市磯子区の真照寺。きのう、新たに完成した慰霊碑の法要が営まれました。先の大戦で戦死した三万人余りの台湾出身日本兵を悼む碑です。
この慰霊碑の完成を誰より待ち望んだ人がいます。横浜市に住む呉正男さん。8月で98歳になります。
台湾出身元日本兵 呉正男さん
「もう嬉しいの一言。お参りする人も増えて、亡くなられた方も喜んでいると思う」
呉さんも台湾出身の元日本兵です。16歳で陸軍に志願。特攻部隊の一員として出撃を待っていた現在の北朝鮮で敗戦を迎えました。その後、ソ連の捕虜となり、2年間、カザフスタンに抑留されました。
戦後、横浜中華街の発展に尽力してきた呉さんですが、同じ日本兵なのに日本国籍がない事を理由に恩給などの面で差別を受けました。
台湾出身元日本兵 呉正男さん
「(日本側の説明は)最初のうちは『お金がありません』。2番目は『そんな法律ありません』。3番目で『そんなことあったんですか?』」
何より台湾出身日本兵の存在が忘れられてゆくのは、耐え難いことでした。台湾出身兵の慰霊碑は、沖縄と奥多摩の山中の二か所しかありません。
高齢を押して通っていましたが、誰もが通える場所に慰霊碑を建てられないものか。呉さんは神社や寺に掛け合いますが条件が合わず、30年近い時が経ってしまいました。
ところが、去年12月、状況が一変します。呉さんの事を知った真照寺の水谷住職が協力を申し出たのです。
真照寺 水谷栄寛 住職
「台湾出身者が日本兵として戦った事を知らない事が恥ずかしい。早く建ててあげないとまずいなと思った」
設置場所は呉さんの家にも近い真照寺の境内。誰もが気軽に立ち寄れる場所です。
できあがった碑文には台湾人でも台湾籍でもなく、台湾出身と刻まれています。国籍を理由に不等な扱いを受けてきた呉さんたちの複雑な想いが込められています。
追悼碑の前で長年連れ添ってきた夫人と取材に応じる呉さん。次の目標は?と聞かれると、「ありません」と笑顔で答えました。
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