前代未聞の大惨事となったソウル・梨泰院(イテウォン)の群集事故。158人の命が突然失われた。私たちは現場に向かい、遺族、当日現場にいた人・いなかった人、様々な年代や国籍の人たちに話を聞いた。「私が手を離さなければ」と泣き続ける女性。「歩いていただけでなぜ死ぬの!」と叫ぶ母親。大人たちが呆然とするなか懸命に救命措置をした高校生…。大切な人を突然失った悲しみ。生き残った苦しみ。「もしかしたら私だったかもしれない」というトラウマが今、韓国を包んでいる。私たちが現場で聞いた様々な“声”を伝えたい。

■「私が手を離さなければ…」冨川さんと一緒にいた学生は「冨川さんの両親に謝りたい」

事故では、日本人の女性2人が亡くなった。そのうちの1人、26歳の冨川芽生さんは、ソウル市内の語学学校で韓国語を学んでいた。冨川さんと同じ学校で勉強をしていたタイ人の留学生も、今回の事故で亡くなった。語学学校には献花台が設置され、学生や教員たちは深い悲しみの中にいた。

語学学校に設けられた亡くなった学生への追悼メッセージボード

語学学校の関係者
「事故当時、冨川さんとタイ人の学生は、フランスなどから来た他の留学生たちと数人で梨泰院に遊びに行きました。しかし、あまりにも人が多すぎて、冨川さんとタイ人の留学生は、他の学生たちとはぐれてしまいました。そのまま冨川さんたちは、群集の中へと巻き込まれてしまいました。当時一緒にいた学生は『私が手を離さなければよかった』とずっと泣いています。『冨川さんの両親に謝りたい』とも話しています」

冨川さんの担任教員は、ショックのあまり体調を崩して早退していた。冨川さんがどんな学生生活を送っていたのか知りたいと思い、数日後にも学校を再訪したが、担任教員は立ち直ることができず、メンタル面のサポートを受けているという。

■「ただただ、娘に会いたい」つながらないスマホの着信履歴は真っ赤に

遺失物センターとなった体育館

現場近くの体育館は、事故を受けて遺失物センターとなっていた。
当日道端に残された持ち主不明の衣服や靴、スマホなど860点(11月1日時点)が並べられていた。

片方だけの靴、靴で踏まれた痕がある白い上着、ハロウィーン仮装…。
遺族らが、亡くなった人の持ち物を求め訪れていた。

亡くなった25歳女性の父親
「当日、午後10時半ぐらいに娘から電話がありましたが、娘の声ではない悲鳴が聞こえました。娘の名前を呼んだが反応はなく、何が起きているのかわかりませんでした。その後ニュースを見て”梨泰院で数十人が心肺停止となった”と聞き、まさかと思って娘に電話し続けましたが、娘が電話に出ることはありませんでした」

亡くなった25歳女性の母親
「娘は友人と2人で食事をしに梨泰院を訪れていましたが、人が多すぎて友人と離れ離れになり、娘が群集に巻き込まれました。友人は助かり、その後娘にずっと電話をかけていましたが、つながらなかったと言います。その友人は、娘の葬儀の際ずっと謝っていて、泣き崩れていました。葬儀の最後まで残っていてくれました」

女性は、インテリアデザイン関連の仕事に就いたばかりの新社会人だった。遺失物センターで見つかった女性のスマホの着信履歴を見せてもらうと、心配する人たちからの多くの不在着信で真っ赤だった。

亡くなった25歳女性の母親
「やりたいことを見つけ、やっとその第一歩を踏んだところだった。あまりにも無念。葬儀は終わったが、まだ現実として受け止められない。涙が出たり淡々となったりまた涙が出たり、その繰り返し。今、娘に一番言いたい言葉は、ただただ、会いたい」