冬場は氷点下数十℃にもなるシベリアで、村山元威さんは鉄道建設の工事をさせられました。

「収容所は後でできる。自分たちが伐採した木材を積んで。それを造る前にはテントで生活。大きな天幕で二重三重の寒さを防ぐ」
「私ら電信連隊だからね。通信線路をまずかけたね。電柱立てて、線路を引っ張ってね。ところが、電柱立てるだって地面が凍っていて穴が掘れない。それには苦労したわね…」

誤って指をハンマーで叩いてしまった影響で、今でも人差し指の爪は割れて線が入ってしまいます。

そして、村山元威さんが「寒さよりもつらかった」と語るのが『食料不足』です。