気分はずっと「静かな退職」

勤め人の多くがずっと「静かな退職」的な考え方に同調し続けてきたことを、データで見てきました。データを集計した期間は、ちょうど、90年代初頭に日本でバブル経済がはじけた後の「失われた30年」。
バブルの頃に「24時間戦えますか」とハッスルした人も、宴の後では否が応でも自分の働き方を見つめ直さざるをえなかったのかも。

冒頭に紹介した書籍『静かな退職という働き方』では、静かな退職は「世界では当たり前」と述べられています。

欧米では「エリート層とそうでない大多数は厳格に分かれ」、欧州大陸諸国では「職業資格(向こうでは多くの仕事・職階に就くために公的資格が必要)と学歴で昇進上限が決まり、自分の将来が早期に見えてしまう」そうです。そして「バリバリ働く人と、そうではない人に分かれ、後者には『静かな退職』が浸透した」のだろう、とあります(引用はいずれも同書「はじめに」)。

欧米では以前からそうなのだとすれば、ここに来て「静かな退職」が話題になったのは不思議な気がします。

もしかして、2022年に「静かな退職」が刺さった米国のZ世代は、実はエリート層かその候補生なのかも。本当ならバリバリ働くはずの人が「仕事だけが人生ではない」と言い出したから、「これは何事!?」と話題になったというのはうがち過ぎでしょうか。

一方「『大卒正社員』は、原則、幹部候補と言われ」「言うなれば『誰でもエリートを夢見られる』働き方をして」いた日本(前掲書「はじめに」)。そんな働き方をしつつも、「失われた30年」の間に、気持ちはすっかり静かに退職済み。

「出世しなくていいので、余計な仕事で残業はしません」と公言するのは、まだはばかられるかも知れません。でも、ブラックな労働環境を改善しようという世の流れとともに、「静かな退職」的行動も一般化するのかも。

勤務時間内は手を抜かずにきっちり働き、後は「みんなが待ってる店まで Hurry up, Hurry up!」。「静かな退職」が浸透して、みんながみんな『Happy Man』、それで世の中が回るなら本当にhappyですが……⁉

注1:TBS生活DATAライブラリ定例全国調査は、TBSテレビをキー局とするテレビの全国ネットワークJNN系列が、毎年11月に実施する大規模ライフスタイル調査です。同じ回答者にメディア行動や価値観、個人材・世帯財の購入などを総合的に調査するシングルソースデータです。

注2:TBS生活DATAライブラリ定例全国調査では、会社や官公庁などの勤め人について「事務系従事者」「技術系従事者」「サービス系従事者」「労務系従事者」「管理職」という選択肢を設けています。この該当者には勤務形態も尋ねており、「正社員・正規職員」「契約社員」「派遣社員」「嘱託社員」「アルバイト」などの選択肢があります。近年は定年後の延長雇用もありますが、「会社は辞めず、与えられた仕事をこなし、キャリアアップへの関心は薄い」といった静かな退職の特徴を考えると、今回は「管理職ではない現役正社員」が集計対象として適当と判断しました。

引用・参考文献
● 海老原嗣生(2025)『静かな退職という働き方』PHP新書
● 小川裕幾・竹内淳(2024) 注目集める「静かな退職」~仕事と距離を置く生き方で良いのか~ リコー経済社会研究所

〈執筆者略歴〉
江利川 滋(えりかわ・しげる)
1968年生。1996年TBS入社。
視聴率データ分析や生活者調査に長く従事。テレビ営業も経験しつつ、現在は法務・コンプライアンス方面を主務に、マーケティング局も兼任。

【調査情報デジタル】
1958年創刊のTBSの情報誌「調査情報」を引き継いだデジタル版のWebマガジン(TBSメディア総研発行)。テレビ、メディア等に関する多彩な論考と情報を掲載。原則、毎週土曜日午前中に2本程度の記事を公開・配信している。