家電の手助けもなく次々に舞い込む仕事

昭和26年ですから、いわゆる「三種の神器」もありません。洗濯も掃除も炊事も手作業。オムツなどももちろん布オムツです。冷蔵庫もありませんから、料理の作り置きなどもできません。

洗濯機ではなく、たらいでの手洗いでこの大量の洗濯物です。
一番下の子は乳飲み子で、まだまだ手がかかります。  

お父さんが帰ってくると一家で食事です。その風景はまるで混雑した大衆食堂のよう。常に賑やかな声が響き渡っていそうですね。

当然のように「ちゃぶ台」登場です。 

お母さんは家族が食べ終わった後に、ようやく自分の食事。まさに家族の生活を一手に引き受けていたのです。

この姿を見ると、この時代「共稼ぎ」など到底無理だったというのがよく分かります。