米価を何とかして(両面)

最も問題の根が深かったのが、米価でした。
物価高に応じてコメの値段も上がりましたが、当時は食糧管理法(1995年に廃止)で厳しくコメの値段が制限されていたため、農家や米店は物価(必要経費)と米価の間に挟まれて「これでは農家が食えない」とデモに乗り出しました。

こんなにコメが高いのに、コメを売っても儲からない。デモにはそんな思いがにじんでいました。

「コメが高い(消費者にとって)」「他の物価はもっと高い」「コメが安い(農家にとって)」「五輪後の不況が深刻だ」……、五輪後、つまり祭りの後は八方塞がりだったわけです。