疾患と運転の関係性
加齢や疾病による交通事故の原因として認知機能の低下や認知症に注目が集まりがちである。しかし、それ以上に大きな問題として、フィンランドやカナダ等の調査結果から、交通死亡事故の一割以上がドライバーの体調変化、とくに意識喪失に起因した事故(健康起因事故)であることが明らかになってきた。
わが国でも、2011年には,てんかん発作で意識を失ったドライバーにより栃木県鹿沼市で登校中の6人の小学生がクレーン車にはねられて死亡する事故が発生したことは記憶に新しいところである。翌年の2012年には京都市でてんかんの持病をもつ男性が自動車を暴走させて8人が死亡する事故や、群馬県でツアーバスの運転手が睡眠時無呼吸症候群の影響で運転不能になり45人が死傷する衝突事故が発生している。
健康起因事故の引き金となる疾患としては、不整脈、脳血管疾患、大動脈疾患、糖尿病(低血糖)等が挙げられるが、これらに罹患するリスクは高齢者ほど高いため、高齢ドライバーの増加による健康起因事故の増加に対しては早急な対策が必要である。
なお、わが国における健康起因事故の実態については近年、滋賀医科大学の一杉正仁教授らが実態調査に乗り出し、わが国でも交通事故の約一割はドライバーの体調変化によるものであることが明らかとなってきた。このことは,「自動車運転の上限年齢の設定」や「高齢ドライバーへの免許更新試験の導入」といった対策では防げない交通事故が数多く存在することを意味している。
おわりに
高齢ドライバーが一律に危険であり、その原因は主として認知機能の低下にあるというような誤った印象を持つ方がまだまだ多いように見受けられる。
有効な高齢ドライバー対策を実現するためには、高齢ドライバーの特性、高齢ドライバー問題の本質をしっかり理解する必要があることが広く認知され、先進技術や学問・立場を超えた連携により、高齢ドライバーを含む多様な交通参加者にとって安全で快適な交通環境が実現されることを期待する。
<執筆者略歴>
伊藤安海(いとう・やすみ)
山梨大学大学院総合研究部教授。1996年、東京理科大学工学部機械工学科卒業。博士(工学)。警察庁科学警察研究所研究員、国立長寿医療センター生活支援機器開発研究室長、名古屋大学大学院特任講師などを経て、2018年より現職。
高齢ドライバーの運転診断・リハビリ技術の開発に携わる。
著書に「高齢ドライバー」(共著、文春新書)「高齢者ドライバーの安全運転を長期間継続可能にする支援システムの社会実装」(共著、工作舎)など。
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