富士河口湖町シニアドライバー支援事業からみえてきたもの
<富士河口湖町シニアドライバー支援事業の概要>
筆者は2007年に(当時室長をしていた)国立長寿医療研究センター生活支援機器開発研究室および富士河口湖町の関連部署と富士河口湖町社会福祉協議会のメンバーを主体とした富士河口湖町福祉勉強会を座長として立ち上げ、より長く安全運転を可能にするために有効な支援(町の事業)の在り方について1年近く協議を続け、2008年9月に独立行政法人科学技術振興機構の「研究開発成果実装支援プログラム」による3年間の事業支援が開始したのを契機に本格的に高齢ドライバー支援に乗り出し、その後、町の予算で2023年度まで事業を継続してきた。
事業の基本的な仕組みは、以下の2つの目的を達成するために町内の高齢ドライバーに対して年間5~6回実施するセミナーへの参加を促すというものである。第一の目的は、高齢ドライバーの運転能力を定期的にチェックして本人と周囲の人間が把握することである。
そして第二の目的は、継続的に運転能力トレーニングとアドバイスを行うことで運転能力の維持・向上を図ることである。なお、1回のセミナー実施時間は約2時間で20~30名程度の参加者に対して、次の①~⑦に示すメニューのうち、毎回2~3項目を実施してきた。
(1)簡易ドライビングシミュレーターを使用した運転能力(有効視野と危険回避能力)のチェックとトレーニング
(2)機器を用いた脳機能、身体機能検査
(3)安全運転ワークブックを用いた安全運転教育
(4)教習所等での実車走行の観察・評価
(5) 作業療法の専門家等による体操講座
(6) ドライブレコーダーを用いた日常運転チェックと座談会
(7) 町内のヒヤリハットマップ作り(高齢ドライバーが連携して実施)
<機器を用いた運転診断と運転トレーニングの可能性>
富士河口湖町シニアドライバー支援事業で行ってきた脳機能、身体機能などの検査、アンケートおよびトレーニング効果に関して、いくつか興味深い傾向がみえてきた。
まず、ドライビングシミュレーターによる有効視野および危険回避能力の成績は73歳未満の成績が顕著に高く、単年度のトレーニング効果も72歳未満でないと成績向上効果が期待できないことが明らかとなった。これらの結果から、運転能力および(短期的な)運転トレーニングの効果は72~73歳を境に低下していることが確認された。
しかし、複数年にわたる継続的なトレーニングの効果に関して分析してみると、図に示すように80歳以上でもその効果を確認することができ、長期間継続して運転トレーニングを行うことによって、かなり高齢になっても運転技能は向上する可能性があることがわかってきた。

<事故リスク増大の予兆を捉える>
図において6年連続参加者(1名)が6年目に大きくドライビングシミュレーターの成績を下げているのが気になるところである。そこで、この参加者のTMT(=注意・遂行能力を測る脳機能のテスト)の成績変化をみると、5年目から6年目にかけて大きく低下していることが分かった。また、アンケートから5年目まで「なし」が続いていた転倒歴と事故歴が6年目は「有り」に変わっていた。その他、運動頻度も6年目には低下していた。
以上より、脳機能、身体機能、日常行動の変化と事故や転倒のリスクは密接に関係していることが予想される。近年では、スマートフォンやスマートウォッチを用いて心身機能や日常行動のモニタリング、転倒検知も行えるようになってきており、事故リスクの高まっている高齢ドライバーを事前に検知する技術が社会実装される日も近いと思われる。
<個人特性や生活歴と事故リスクの関係性>
これまでの研究からドライビングシミュレーターの成績と教育年数(小学校入学以降の学校教育を受けた年数)には有意な相関がみられ、教育年数が少ないことが高齢ドライバーの危険回避能力やトレーニング効果の低下に影響を与えていることもわかってきた。同様にTMTスコアと教育年数にも有意な相関がみられる。実は、教育年数やIQと犯罪率や事故率には世界的に高い相関があることが知られており、高齢ドライバーの運転技能や脳の処理能力にも同様の影響があることが証明された格好になる。
しかし、教育年数はその後の職業や生活習慣に大きな影響を与えるため、教育そのものが影響しているのか、学校卒業後の生活歴が影響しているのかは不明である。そこで筆者らは現在、ライフコースに注目した高齢ドライバーの能力・特性調査に取り組んでおり、各種能力検査に加え詳細なインタビューを行うことで、ドライバーの人生、社会や文化の変化がどのように運転能力、事故リスクに影響しているかを分析している。